信託口口座と信託専用口座とは?
目次
家族信託用の口座の開設は必要なのか?
信託法では、受託者は、自己の固有財産と信託財産とを、分別して管理しなければならないとされています(信託法34条1項本文)。
これを受託者の分別管理義務と言います。
さらに信託財産のうち現金については、「その計算を明らかにする方法により」分別して管理しなければならないとされています(信託法34条1項2号ロ)。
家族信託契約により預かったお金を管理する方法は以下の3つが考えられます。
①既に持っている自分の預金口座に入れて管理する方法
②信託専用口座(受託者個人の口座)を新しく開設して管理する方法
③信託口口座を開設する方法
法律上は金銭を②信託専用口座や、③信託口口座で管理しなければならないとは書いてありません。
しかし、上記方法のうち①の「既に持っている自分の預金口座に入れて管理する方法」は非常に問題があります。
家族信託は通常長期間にわたります。
自分のお金と信託財産をごちゃ混ぜになってしまう危険が非常に高く、分別管理義務を守ることは困難と言わざるを得ません。
分別管理義務違反により損害が生じることがあれば受託者は損害賠償責任を負うことになります。
また、信託財産には倒産隔離機能があります。
倒産隔離機能とは、信託財産は、受託者固有の財産とは切り離され、受託者が破産等をしても信託財産は影響を受けないという機能をいいます。
信託財産として預かった現金を既に持っている自分の預金口座に入れて管理する方法だと、仮に受託者が破産したり差押えを受けた場合、それは信託財産であることを裁判で主張しなければならなくなってしまいます。
以上のように、①の管理法はリスクの大きいため現実的ではありません。
そこで、家族信託では現金の管理方法として②又は③の方法をとることになります。
以下、信託専用口座と信託口口座のどちらを使うべきかを判断するため、それぞれのメリット・デメリットなどを解説いたします。
信託口口座(しんたくぐちこうざ)とは?
信託口口座とは、以下の2つの機能を持つ口座をいいます。
- 口座名義に信託財産であることがわかるような記載があること
例えば、「委託者○○受託者□□信託口」、「○○信託受託者○○」、「受益者○○信託受託者○○」、「家族信託口A 受託者○○」などがあります。 - 受託者個人の口座とは独立していること
受託者の死亡、破産、差し押さえなどにより口座が凍結されない機能を有すること。
【信託口口座のメリット】
- 分別管理が容易になる。
通帳の口座名義人を見れば信託財産だと分かります。
自分のお金と信託財産をごちゃ混ぜになってしまう危険がなくなります。 - 委託者や受託者が死亡しても凍結されなくなる。
受託者のために毎月管理費等を引落していた場合、困らずに済みます。 - 受託者が破産したり差押えを受けた場合でも影響を受けなくなる。
信託口口座を開設すれば、受託者個人の債権者から信託財産に対して差押えられることはなくなります。
そのため、受託者の債権者とトラブルになることを回避できます。 - 委託者の意思能力についての争いを防ぐことができる。
信託口口座を開設する際、公正証書にすることが求められます。
その際、公証人は委託者の意思能力と家族信託をする意思の確認を行います。
意思能力について、公証人のお墨付きが得られるわけです。
それにより、後日判断能力について他の親族からの争いを避けることができます。
【信託口口座のデメリット】
- 信託口口座の開設に対応してくれる銀行が少ない。
対応している金融機関の例については後述します。 - 口座開設に手数料や金額の最低金額を設定している金融機関もある。
金融機関によって異なりますが、無料で開設してくれるところもあれば5万~10万円の手数料が必要なところがあります。 - 事前に信託契約書の案のチェックが必要であり、時間がかかる。
信託契約書を金融機関に持っていけば、その場でチェックしてくれるわけではありません。
金融機関の本社にある専門の部署か、契約書のチェックの外注先(司法書士事務所、弁護士事務所)に回されます。
問題がないか十分に検討するため、時間がかかります。
かかる期間の目安は1週間~1か月ですが、1か月はかかると思って計画を立てるのがよいでしょう。
信託専用口座とは?
信託専用口座とは、受託者個人名義で新しく普通口座を開設することをいいます。
この信託専用口座は、受託者個人の口座であることから、口座名義は受託者の名前が載るだけで通帳を見るだけでは信託財産とは判別できません。
信託専用口座で管理する方法をとる場合の注意点として、家族信託契約書に「金融機関名」「口座名義」「口座番号」を明記することが必要なります。
これにより、第三者にも信託のための口座であることを示すことができます。
【信託専用口座のメリット】
- 口座を開設するのが容易
普通口座は、誰でも好きな銀行で簡単に開設することができますし、開設に費用がかかることもありません。
また、お金の入出金もATMで行うこともできます。
【信託専用口座のデメリット】
- 受託者が死亡すると凍結されてしまう。
信託専用口座は受託者個人の口座であるため、受託者が死亡した場合には、口座が凍結されてしまいます。
凍結すると、相続人の協力を得ないと解除することができません。 - 受託者が破産したり差押えを受けた場合に口座が凍結されてしまう。
信託専用口座は受託者名義の普通口座であるため、受託者の財産としてみなされます。
受託者が破産してしまった場合、信託財産も差し押さえされてしまう可能性があります。
そうなると、裁判所に第三者異議の申し立てをして、「その財産は信託財産であり、受託者の固有財産ではないよ」と主張しなければなりません。
この主張が認められれば差押えは解除されますが、手続きに時間がかかり、その間信託専用口座からお金を引き出すことはできません。
信託口口座と信託専用口座のどっちを選ぶべきかの判断基準は?
上記のメリット、デメリットを踏まえた上で、信託口口座と信託専用口座のどっちを選ぶべきでしょうか。
判断の目安として以下のように考えることができます。
【信託口口座を選ぶべきケース】
- 時間やお金はかかってもいいから、確実で安心なものにしたい場合
時間やお金がかかってもいいのであれば、信託契約書を公正証書にして、信託口口座の開設するのがベストです。 - 委託者の判断能力の低下が見られ、将来他の推定相続人と争いになる可能性がある場合
委託者の判断能力や委託者の財産の範囲について、将来他の推定相続人ともめる可能性がある場合は、信託契約書を公正証書にして、信託口口座の開設することで争いを回避することができます。 - アパートなどの収益物件を信託する場合で、信託財産を担保にして金融機関から借り入れをする予定がある場合
信託財産を担保にして金融機関からお金を借りることを信託内借入と呼びます。
信託内借入をする場合、金融機関から信託口口座を開設するよう求められます。
そのため、信託内借り入れを予定している場合は信託口口座を開設する必要があります。
【信託専用口座で足りるケース】
- 家族間で争いはなく、なるべく費用を抑えたい場合
信託法上、信託口口座の開設を求められているわけではありません。
信託口口座を開設するメリットがを享受する必要がない場合においては、信託専用口座で十分です。 - 委託者の判断能力が最近急に低下してきており、公正証書にするための打ち合わせや金融機関のチェックを待っていたのでは手遅れになる可能性がある場合
至急家族信託契約を締結しておく必要性に迫られている場合においては、信託専用口座を選択せざるを得ません。
認知症と判断され、判断能力がなくなった状態になると家族信託契約書にサインをしても無効になってしまうからです。 - 近くの金融機関に信託口口座の開設に対応しているところがない場合
現在、信託口口座の開設に応じてくれる金融機関は少ないのが実情です。
近くに対応してくれる金融機関がない場合は、やむを得ず信託専用口座を選択することになります。
その場合は信託専用口座にする場合のデメリットを当事者に十分に説明して納得してもらう必要があります。
信託口口座の開設の流れ
信託口口座の開設の流れは以下のようになります。
- 家族信託契約書の案を作成する。
- 金融機関に契約書の案を提出する。
- 内容に問題がなければ、公証役場で公正証書にしてもらう。
- 受託者が金融機関の窓口に出向いて信託口口座を開設する。
- 委託者が預金を下ろして、現金を受託者の信託口口座に振込む。
1.家族信託契約書の案を作成する。
まずは、家族間で十分に話し合い、信託契約書の案を作成します。
司法書士などの専門家に依頼する場合は、家族の方の話を聞いたうえで契約書の案を作成してもらいます。
2.金融機関に契約書の案を提出する。
信託契約書の案ができたら、金融機関に提出し審査してもらいます。
審査には1週間~1か月かかりますが、1か月はかかると思って計画を立てるのがよいでしょう。
このとき、審査と並行して、公証役場と日程の調整を行います。
3.内容に問題がなければ、日程を決めて公証役場で公正証書にしてもらう。
金融機関で信託口口座を開設するためには、予め信託契約書を公正証書にする必要があります。
そのため、金融機関から内容に問題がないことの確認がとれたら次は公証役場で公正証書にしてもらいます。
4.受託者が金融機関の窓口に出向く。
公証役場で公正証書してもらう手続きと金融機関で信託口口座を開設する手続きには信託当事者本人が出席する必要があります。
そのため、1日で手続きが済むように、午前中に公証役場で公正証書にしてもらい、午後に金融機関で信託口口座を開設するというスケジュールを立てることが多いです。
※金融機関によっては受託者と委託者両方の出席を求められることがあります。
5.委託者が預金を下ろして、現金を受託者の信託口口座に振込む。
信託口口座を開設しただけでは、受託者は信託財産を使うことができません。
委託者が自分の預金を下ろして、受託者名義の信託口口座に振り込みを行って初めて受託者の管理が始まります。
信託口口座の開設に必要な書類
金融機関によって異なる場合がありますが、一般的に信託口口座の開設に必要な書類は以下のとおりとなります。
- 信託契約公正証書
- 受託者の本人確認書類
- 受託者の届出印
信託口口座を開設した後、委託者が自分の口座から受託者名義の信託口口座に振り込みをする必要があるので、以下の書類も必要になります。
- 委託者の本人確認書類
- 委託者の既存の預金口座の通帳
- 委託者の既存の預金口座の届出印
関東地方で信託口口座開設に対応している金融機関の例
関東地方において、ホームページ上信託口口座開設に対応していることがわかる金融機関の例
1 | 三井住友信託銀行 |
2 | 武蔵野銀行 |
3 | 飯能信用金庫 |
4 | 西武信用金庫 |
5 | 東和銀行 |
6 | オリックス銀行 |
7 | 常陽銀行 |
8 | 京葉銀行 |
9 | 城南信用金庫 |
10 | 横浜信用金庫 |
11 | 広田証券 |
12 | 大和証券 |
上記のうち、家族信託に早くから取り組んでおり、手数料や対応のよさからみても1番おすすめなのは「三井住友信託銀行」になります。
年金も信託財産に組み込みたい場合の方法
年金は受給者本人しか受け取ることはできませんので、委託者名義の口座にしか振り込まれません。
そのため、受託者の名義になる信託口口座へ直接振り込んでもらうことはできません。
しかし、定期的に振り込まれる年金口座も信託財産に加えたいという要望も多数あります。
そこで、年金口座から信託口口座へ自動送金される手続きをすることを検討することになります。
自動送金は毎月だけではなく、指定月での利用もできますので、年金の振り込み月に合わせて送金することが可能です。
年金を自動送金にする場合の注意点としては以下のものがあります。
・年金を定期的に追加信託する旨を契約書に盛り込んでおく必要がある。
・金融機関によっては期間制限が設けられてある場合もある。
・自動送金には毎回手数料がかる。
・金融機関によっては年金口座から信託口口座への送金ができないこともある。
上場株式も信託財産に組み込みたい場合の方法
銀行等の金銭管理をするための信託口口座があっても、それとは別に証券会社でも信託口口座を開設する必要があります。
ただし、信託口口座を取り扱っている証券会社は少ないのが現状です。
例えば、野村証券、大和証券、楽天証券などで信託口口座を開設することができます。
現在、信託口口座を取り扱っていない証券会社を利用している場合は、取り扱っている証券会社に上場株式を移管させる手続きをとる必要があります。
開設の手順は金融機関で信託口口座を開設する場合とほとんど同じになります。
- 予め信託契約書の案を証券会社に提出する。
- 内容に問題がなければ、信託契約書を公正証書にする。
- 証券会社に出向き、信託口口座を開設する。
- 株式の移管の手続きをする。
信託契約書の内容が証券会社で定める要件を満たしていなければ、信託口口座の開設が認められません。
証券会社が指定する文言を入れる必要もあります。
証券会社からは、金融機関とは違う条件を設けているため、金融機関での信託口口座の開設とは別に、株式だけのために信託契約書を作成することになるケースが多いと思われます。
証券会社によっても異なりますが、一般的に以下の条件が求められます。
- 当初の受益者死亡により信託が終了する旨の定めが契約書に記載されていること
受益者一代限りで死亡する信託契約が対象であり、受益者連続型信託は対象外。 - 株式を管理する信託口口座の他に、同一支店で受益者の個人口座、受託者の個人口座を開設すること
- 受託者が死亡した場合に備えて、後継受託者の定めが契約書に記載されていること
- 受託者は個人で、かつ一定の親族の範囲内の者に限られること
- 信託契約書を公正証書にすること
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